アニメ雑文>エッセイ


秋の夜長はミステリ・アニメ

 昨今のアニメには、ミステリ風味を加えて視聴者の興味を引こうとする作品が多いが、クイーンや京極夏彦を愛読するミステリ好きの私には、どうにも物足りない。私が日本ミステリ小説・ベスト4(なぜ4作かと問うなかれ)に上げるのは、『魍魎の匣』『人形はなぜ殺される』『哲学者の密室』『夜の蝉』で、真相が解明された瞬間、鉛の塊が腹の底にズーンと沈み込んでいくような感覚を味わわせてくれる作品を好む。こうした嗜好は、ミステリという形式に対するこだわりがあるからかもしれない。

 ミステリは、謎とその解明を基本プロットとする。ただし、ここで謂う謎とは、状況の一部を隠すことで真相をわかりにくくしただけのものではない。例えば、「内側から鍵が掛けられた部屋なのに内部に犯人がいない」という密室犯罪のケースで、紐とフックのような仕掛けを使って外から簡単に施錠できた−−というのでは噴飯物である。仕掛けを隠して謎らしく見せたというのは、ミステリではなく単なるパズルにすぎない。私が驚嘆するのは、京極夏彦『姑獲鳥の夏』の密室トリックで、「なぜ犯人は密室にしたのか」という根本的な謎が問題にされる。

 「ミステリ」という言葉はもともと宗教用語で、人間には不可解に思える出来事や儀式の背後に、人智を越えた条理が存在することを意味する。謎が解明されたとき、相互に無関係だと思われたさまざまな事象が、明確な連携性をもって統一的に解釈できるようになることが重要である。宗教的要素のない名作ミステリの場合、真相解明によって浮かび上がるのは、神の条理ではなく、時におぞましさを感じさせ、時にほっとさせるような人間の本質であることが多い。『姑獲鳥の夏』の真相は、非現実的であるものの、人間はここまで妄執にとらわれるのかと、読者を心の底から畏怖させる。


 こうした観点から見て、高く評価できるミステリ・アニメは少ない。いくつか例を挙げながら解説しよう。


すべてがFになる』☆☆☆☆☆
 原作は、第1回メフィスト賞を受賞した森博嗣のデビュー作。ただし、アニメは原作と大幅に異なる。原作は、完璧な密室で起きた殺人の謎を解明するパズル小説。作者の森は、おそらく「完璧な密室」の穴を探すうちにトリックを思いつき、そこから逆算して犯人像を構築したのだろう。そのせいで人物描写に深みがなく、ストーリーも現実味に欠けるため、私は好きではない。
 ところが、アニメになると、主要登場人物は全くの別物に作り替えられる。特に、探偵役の犀川と萌絵は、原作で描かれた大衆好みの「エキセントリックな天才」から、ひねくれ者の大学教授と鬱屈した女子大生という、かわいげのないキャラに変更された。この二人による人間的な視点が導入されたことにより、犯人がどんな思いで尋常ならざる犯行に手を染めたかを想像する道が拓かれる。最終回で明かされる真相を実感を持ってイメージできる人は、筆舌に尽くし難い恐怖を味わうことだろう。
魍魎の匣』☆☆☆
 私が日本ミステリ史上のベストと評価する京極夏彦の小説をアニメ化したものだが、一癖も二癖もある人物が数多く登場する原作を1クールにまとめるのは無理があったようで、細かな人物紹介は省かれ、時間が前後するなど錯綜したストーリーも大幅に簡略化された。さらに、超絶的トリックを前半から少しずつバラすことで、最終回における真相の説明を短くまとめたが、ミステリファンには腹立たしい限りである。
 原作は、「犯行と死体の数が食い違う」などの小さな謎を無数に組み合わせることで、読者を幻惑するが、アニメでは、こうした幻惑的な雰囲気もほとんど失われた。その一方で、戦争の面影が生々しく残る陰鬱な世相を見事に描き出し、見る者を作品世界に引き込む。ミステリが好きな人は、まず原作小説を読み、その上で、原作で充分に描ききれなかった社会状況をイメージするためのよすがとして、アニメを鑑賞するのが良いだろう。
Another』☆☆☆
 原作者の綾辻行人は、クイーンの国名シリーズを思わせるパズル小説を得意とする。その彼が、オカルトホラーとミステリを融合する新機軸として発表したのが、原作小説『Another』。アニメは原作にかなり忠実で、細かな伏線に関しても遺漏がほとんどない。恐怖をもたらす雰囲気描写は、むしろ原作以上である。
 ミステリとしては二段構えになっているが、前半の謎がゾクゾクするほどの素晴らしさ。転校生の榊原は、クラスメイトの見崎鳴に関心を持つが、なぜか他の生徒全員、彼女が存在しないかのように振る舞う…。後半にはスプラッターの要素が強くなり、人によっては嫌悪感を覚えるかもしれない(私は血が嫌いなので、控えめの評価にした)。しかし、最後に明かされる真相は胸が潰れるほど悲愴で、改めて冒頭から見直すと、何度も「ああ、そうだったのか」と涙ぐんでしまう。

※ミステリ・アニメのランキングで上位に入ることの多い『僕だけがいない街』『ひぐらしのなく頃に』『GOSICK』『神様のメモ帳』『東のエデン』『劇場版“文学少女”』『UN-GO』『ハルチカ』『ダンガンロンパ』 『スパイラル』などは、私の基準ではミステリとして評価できないので、ここでは取り上げない。

 テレビアニメは、何週間にもわたって放送されるので、気を入れて見ていないと、謎とその解明の照応関係がわからなくなる。このため、ミステリを扱う場合は、1話完結のエピソードの方が成功しやすい。


氷菓』第18話「連峰は晴れているか」
 人は誰しも、自分中心に生きている。しかし、自分の人生で脇役でしかない人々にも、深い思い入れを持ってたどってきた、それぞれの人生がある。ある高校生が、中学時代の思い出にちょっとした齟齬を感じて始めた探索は、思いがけず、もう二度と会うことがないだろう教師の歩みを明らかにする。確かに、人生は奥深い。日常ミステリの真骨頂である。(原作:米澤穂信)
櫻子さんの足下には死体が埋まっている』第6話「アサヒ・ブリッジ・イレギュラーズ」
 夏祭りのさなか、指輪と書き置きを残して姿を消した女性は、自殺しようとしているのか? 殺人も暴力沙汰も起きない日常の一場面を描きながら、謎を解くことの醍醐味を感じさせてくれる。これこそミステリである。(原作:太田紫織)
それでも町は廻っている』第9話Bパート「大人買い計画」
 町で見知らぬ男からもらった「べちこ焼」は、一度食べたら癖になる美味しさ。でも、包み紙に書かれた販売元に電話をしても「おかけになった番号は現在使われておりません」、記載された住所は実在せず、ネットで検索しても何もヒットしない。さて、べちこ焼とは何なのか? 非現実的だが筋の通った真相は、ミステリの新しい可能性を教えてくれる。(原作マンガ:石黒正数)
探偵オペラミルキィホームズ 第2幕』第6話「エノ電急行変人事件」
 カマクラに到着したエノ電車内で意識を取り戻した名探偵・明智ココロが目にしたのは、車内にいる全員の変わり果てた姿。一体何が起きたのか? 時間を遡って真相が解明されていくものの、ココロが最も知りたい「誰が自分をボコボコにしたか」は、最後までわからない。爆笑ギャグとミステリが両立可能であることを示した佳作。
ジョーカー・ゲーム』第6話「アジア・エクスプレス」
 陸軍中野学校を思わせる養成機関で訓練を受けたスパイたちを描くシリーズの1作。数日前の新聞を手にしているという情報だけから、いかにして車内の犯人を炙り出すか。知的な策略で難題を解決していくスパイの活躍が心地よい。(原作:柳広司)

(2019年01月19日)  ←執筆が遅れて、「秋の夜長」ではなくなってしまいました。