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夢の図書館、図書館の夢

 言語の表現力がイマジネーションを喚起するからだろうか、アニメ作家には本好きが多いようだ。そんなアニメ作家にとって、図書館は描写に力のこもる対象。図書館を描いた文学作品には、ボルヘス「バベルの図書館」やエーコ『薔薇の名前』、村上春樹『海辺のカフカ』など極めつけの傑作があるが、アニメも負けていない。

 私が最も鮮烈な印象を受けたアニメの図書館は、『輪るピングドラム』第9話「氷の世界」に登場する中央図書館。ヒロインの陽毬は、借りていた「スプートニクの恋人」など4冊の文庫本を返却してから、以前に見かけた「かえるくん、東京を救う」(村上春樹の短編で、内容は『ピングドラム』のテーマと深く関わる)の在処を訊ねるが、司書は端末で検索してもヒットしないという。自分で書棚を探すことにした陽毬は、ペンギンに誘われるまま、分室となる壮大な書庫に到る。そこには、「かえるくん、××を救う」という、目指すものとはわずかにタイトルの異なる無数の本が並んでおり、その一冊一冊が人生の記録だった。まさに「バベルの図書館」である。

 人生の記録を集積した図書館は、『交響詩篇エウレカセブン』第47話「アクペリエンス・4」や『Ergo Proxy』第11話「白い闇の中/anamunesisu」にも登場する。この2作は、いずれも佐藤大が脚本を執筆しており、彼のイマジネーションが形をとったのだろう。

 読み切れないほどの膨大な書物に囲まれて暮らすことは、本好きにとって見果てぬ夢である。そんな住まいが描かれたのが『GOSICK -ゴシック-』。聖マルグリット学園にある巨大な図書館塔(塔ですよ!)最上階の植物園に、ラプンツェルのように閉じこもっている美少女がヒロイン。もっとも、彼女が本を読むシーンはあまりなく、書物に囲まれながら退屈をかこっており、宝の持ち腐れ状態である。

 同じく、せっかくあるのに利用されない図書館を描いたのが『ココロ図書館』。人里離れた不便な地にあり、司書が3人もいるのに利用者は週に数人程度。なぜこんな図書館が建てられ、「奇跡を起こす」という伝説が語り継がれているのか。蔵書の一冊に、その謎を解く鍵が記されている。

 『けものフレンズ』第7話「じゃぱりとしょかん」にも、本が読まれない図書館が登場する。じゃぱりパークに暮らすフレンズはもともと動物なので字が読めず、最も高い知性を持つフクロウですらわずかに読みかじれる程度。そこに現れたのが、本をすらすら読むカバンちゃんで、彼女が何者かを巡って物語が展開する。肉食獣と草食獣が仲良く共存するパークの蔵書らしく、カバンちゃんが手にした料理本には、食材として野菜だけを使ったレシピが並んでいる。

 『キノの旅(2003年版)』第9話「本の国 -Nothing Is Written!-」には、逆に、本を読ませない図書館が描かれる。国家が許可した本しか許されないため、外見だけは立派な図書館なのに、あまりに貧弱な蔵書しかない。『蟲師』第20話「筆の海」の書物も、人間には読めないだろう。『tactics』第14話「本を愛した女」では、本が死蔵された資料室に妖怪が取り憑いている。


 図書館には、文学少女がよく似合う。アニメに登場する文学少女には、そのままタイトルになっている『劇場版“文学少女”』の天野遠子をはじめ、『GUNSLINGER GIRL』のクラエス、『僕らはみんな河合荘』の河合律、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』の文芸部メンバーなどがいるが、私が思うに、最もリアルな文学少女は、長門有希である(正体は、情報統合思念体が作ったヒューマノイドだが)。『涼宮ハルヒの憂鬱(第1期)』第5話「涼宮ハルヒの憂鬱 III」には、キョンに連れられて図書館を訪れた長門が、書棚の前で根を生したように動かなくなるというエピソードがある。かなりハードなSFファンで、劇場版『涼宮ハルヒの消失』では、部室の書棚に早川書房版『世界SF全集』が並んでいた(この全集は私の愛読書でもあり、他の出版社から出たものを含めると、掲載作品の7割以上を読んでいる)。

 SF好きの文学少女といえば、もう一人、『バーナード嬢曰く。』の神林しおりがいる。ベストSFとしてグレッグ・イーガンの作品を挙げるなど、私でもちょっと引くようなこだわりの持ち主。シャーロキアンの図書委員・長谷川スミカと「(女の子が持っていたら)モテそうな本」について語るシーンが笑える。

 図書委員は、多くの学園アニメに登場する。大半は脇役だが、主役として活躍したのが『神のみぞ知るセカイ』第9〜11話の汐宮栞。人と会話することが苦手で本の世界に閉じこもっていたのに、視聴覚ブースのスペースを確保するため多くの図書を処分すると知らされた途端、過激な行動に出る。図書館のすべての本を読んだというのは少しオーバー(蔵書が十万冊はありそうな大きな図書館なので、高校3年間で読破するには毎日100冊読まなければならない)にしても、その言動は読書好きが共感するもの。

 ほかにも、『ささめきこと』第1話「ささめきこと」で、本を借りた生徒につい「ありがとうございました」と言い自分で笑い出す図書委員の先輩が記憶に残る。

 図書館は、本を介して人間関係が変わる場でもある。例えば、『氷菓』第18話「連峰は晴れているか」。図書館で昆虫の本を見つけた千反田えるが、「可愛いです」と(いかにも可愛いミツバチではなく)フンコロガシの絵を折木に示す。彼女らしさに溢れた名シーンで、このやりとりの後、二人が心を通わせるきっかけとなる出来事が起きる。『恋は雨上がりのように』第6話「沙雨」では、雨宿りに寄った図書館で片思いの相手とばったり出会った橘あきらがオススメの純文学を訊ねたとき、文学好きの相手はあえて特定の作品を推薦せず、「ふだん読書をしない橘さんがここに来たっていうことは、どこかで橘さんを呼んでいる本があるのかもしれない。それはきっと、今の橘さんに必要な本だよ」と諭す。

 ファンタジー色の濃厚なアニメでは、実態とは懸け離れた虚構の図書館も登場する。『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』第26話「公安9課、再び」には、知性の墓場と化した無人の国立図書博物館が描かれた(これは、現実のものとなるかも)。武装司書のいる『図書館戦争』の図書館、本がらみの事件に対処するエージェントが所属する『R.O.D : Read or Die』の大英図書館などは、フィクションとしては面白いが、本好きにはどうも…。


 ちなみに、私にとっての夢は、こぢんまりした個人図書館に住むこと。[世界を変えた書物]展(上野の森美術館、2018年)で入り口そばにあった本の部屋はまさに理想を具現したもので、夢見心地で3時間くらい逍遙していた。

(2020年01月01日)